初めて会ったときは意外と親しみやすい人だなぁという印象でしたね。そしてウルトラトレイルに関する話を聞くとバツグンに面白かった。ただ者じゃあないなと。テレビのドキュメンタリー番組を作る者の直感として、これは番組の主人公になれる男だなと思いました。

普段の姿にはそこまでの魅力は感じないんですよ。優柔不断というか、決めきれない人というか。私はいま、日本トレイルランナーズ協会のなかでその会長である鏑木さんと一緒に仕事をしていますが、これはこうすべきだ、これはこうして欲しい、というときにズバッと言ってくれないんです。だからそういうときに、鏑木さん、ここはもうちょっとビシッと決断してくださいよ、と思うことはあります。

被写体として撮るときにも、たとえば日本国内のレースではちょっとオトボケな感じがすると言いますか。本来はもっと真剣になっているはずなのに、いまいち迫力に欠けるなぁ、と思うときも少なくありません。ただ…、オトボケなときと本気を出すときのギャップがもの凄いんですよ。私はその本気の鏑木毅をUTMB®で計3回見ています。本気モードに入ったときの近寄りがたさというか、ある意味怖さというか。普段とのギャップが大きくて惹かれてしまうんですよね。そしてその真剣度が高まったときには、今回はいったいどこまで登りつめてしまうのだろうと、予測不能で底知れないエネルギーを感じます。

50歳でUTMB®に再び挑むということですけど、いつか最後にもう一回挑むんだろうなと思っていました。僕が取材で同行した2012年を最後に、鏑木さんはUTMB®には出ていませんが、そのレースの後にもいろいろと話をしたんですよね。もうモンブラン走らないんですか?って。そうすると、さっき言ったように優柔不断な感じで、う~んどうしようかな、なかなか難しいんですよねと、はっきりとは言わない。でも、いつかはまた走りたいんだろうなと。

というのも、最後に走った2012年というのは悪天候の影響で短縮された100kmのレースだったので、モンブランを一周するコースは走っていないんですよね。そのぶん、完全燃焼しきってないんじゃないかという印象を受けていました。だからUTMB®を卒業するにしても、あともう一回はフルコースを走り切りたいという気持ちがあるのでしょう。そこに向けてもう一度準備をしていく、しかも50歳でやるというのが鏑木さんらしい。

僕が『激走モンブラン!』という番組を作ったのは2009年で、鏑木さんが40歳のときでした。その直前に県庁の仕事を辞められていたので、2019年のUTMB®はプロになって10年という節目にもなります。ピークだった2009年、40歳のときと比べて、どれくらい落ちているのか。あるいは落ちていないのか。それを測る意味でも非常にいいタイミングだし、これを逃したらもう他にないのかもしれないなと。

表彰台に立つのは……正直に言って難しいでしょうね。鏑木さんは2008年に4位、2009年に3位と上位に入りましたが、そのときに連覇を果たした、当時大学生のキリアン・ジョルネとのタイム差は小さくはありませんでした。そこからさらに何年か経って、UTMB®というレース自体がどんどん高速化しています。また、世界中から若くて速いランナーが次々と登場してきています。つまりライバルの数が増えていて、表彰台を狙える人が2~30人とひしめいている状態なんです。ウルトラトレイルでは有力選手が途中でリタイアすることは珍しくありませんから、仮にシーンやライバルの人数が2009年のままであったなら鏑木さんも上位に食い込む資格が十二分にあります。でも、2019年のUTMB®で10位以内に入り、表彰台に立つのというのは相当に難しいことだし、確率は非常に低いでしょう。だけど、非常に低いということはゼロではない。鏑木さんはそこに賭けてるじゃないかなと思います。

鏑木毅という男は常にやり残している感じがあるんですよ。いいとこまでは何度も行ってるんだけど、世界のトップには立っていない。超一流のライバルが揃ったウルトラトレイルのメジャーレースではまだ優勝したことがないんです。2位、3位となったことはあるけれど。たぶん、そのどこかで一番になってたら今ごろはもう辞めているのかもしれません。

そりゃあ2019年にUTMB®で一番になるという可能性は本当にものすごく低いですよ。ただどこかにまだ置きっぱなしになっているものがあって、それを取りに行きたい、探したいという気持ちが続いているから、モチベーションになっているのではないでしょうか。はたから見ればもういいじゃないですかと思うこともあります。2位、3位はいくつも取っていて、その実績は日本人では一番で。UTMB®での活躍から鏑木さんを慕うトレイルランナーはたくさんいるし、日本トレイルランナーズ協会を作ってそのトップに就任し、競技もメジャーになってきている。もうそろそろ普及だったり後輩の指導だったりに重心を移してほしいなぁと。ただ、それができない。

そのことを残念だなと思うこともありますが、反面、そういうところがやっぱり鏑木毅なんだなと、だから追いかけたくなるのだと、裏腹な気持ちで眺めています。だから、50歳でもう一度UTMB®を走ると聞いたときは率直に嬉しかったですね。それを見届けないことには、私にとってのUTMB®も終わらないのです。

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NEVER エピソード1 『リベンジ、始動』より抜粋