トレイルランニングを始めたのは東京本社への転勤した12年前がきっかけです。20代の終わりまではずっとラグビーをしていたのですが、東京で改めてクラブチームを探すのもなんだかな、と思っていたところで。そのころちょうど社内で日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)が盛り上がり始めていたんですよ。何人か出走している人がいて、悪戦苦闘しながらもワイワイ楽しそうでした。その様子を横目に、ようし自分もやってやるぞ!と。だから初レースがハセツネなんです。最初は16時間もかかりましたけど、体育会出身だったこともあり壊れない体が出来上がっていたのか、無事に完走できました。2007年のことかな。このときはまだ鏑木さんもハセツネに参加していましたね。

2009年にゴールドウインでC3fitという新しいコンプレッションアンダーウェアのブランドをデビューさせることになりました。企画は前年の2008年からスタートしたのですが、ランニングをやっているということもあって、立ち上げメンバーとして声がかかりました。以降はC3fit一筋です。だからトレイルランニングは自分自身がフィールドテストできるという理由もあって続けています。鏑木さんも2009年のC3fitデビュー当初から穿いてくれています。UTMBで3位に輝いた年ですね。

「太ももがキツい」でも「骨盤周りのサポートは今のまましっかり残して欲しい」というのが2人の共通の意見だった

今愛用してもらっている“鏑木モデル”はC3fitとザ・ノース・フェイスで共同で作ったハーフタイツです。同じような仕様で何世代かを経ているアイテムになりますが、もとを辿れば鏑木さんの声をリアルに反映させたアイテムでした。C3fitのメインはロングタイツなのですが、より軽快なアイテムをということで、まずは自分がテスターになってハーフタイツを試作しました。それを鏑木さんや横山峰弘さんらアスリートにお渡ししたところ、「太ももがキツい」と。その一方で「骨盤周りのサポートは今のまましっかり残して欲しい」というのが2人の共通の意見だったんです。そこで骨盤周りのサポート性は残しつつ、太ももは2サイズほど締め付けを緩めました。それがハーフタイツのファーストモデルで、基本的なパターンはそこからほとんど変更していません。

ところが、雑誌の記事などをチェックしたときに鏑木さんの写真を見ると決まってタイツを穿いてないんですよね。周囲からもよくそういう指摘を受けていました。だからNeverプロジェクトに向けたこのダブルネームを企画する際に、思い切って聞いてみたんです。「鏑木さん、タイツって使います? 新しく開発したとして本当に穿いていただけるんですか」って。そしたら鏑木さん、ちょっとムスっとした感じで「ボク、今までタイツを穿かなかったことないですよ」と。言ってる意味がよくわからなくって、混乱しましたよ(笑)。「え、でも穿いてないですよね?」って返したら、ハッと気がついた様子で「すみません、トレーニングでは穿かないんです。でもレースで穿かなかったことは一度もありません。ボクはレースではコレがないとダメで、本当に必需品なんです。今後はメディアに露出するような機会でも意識的に着用するようにします」って。

鏑木さんの後ろ姿にはいつも刺激を受けていますよ。「オレも弱っちいこと言ってられないよな、歳のせいにするのはカッコ悪いよな」と思わせてくれる。

このハーフタイツの骨盤のサポートというのは、主に体幹、インナーマッスルを支えます。インナーマッスルってアスリートにとっても鍛えるのが難しい部位なんですよ。だからこそ、普段のトレーニングでは体幹にしっかり負荷を掛けるため、あえて穿かない。でもレースではその部分をサポートするために穿く、と。鏑木さんらしいエピソードですよね。一方で太ももを鍛えるのはインナーマッスルに比べれば大変ではありませんから、この部分のサポートはごく軽めでいいのでしょう。そのほかにも、このダブルネームでは通気性の高いメッシュ生地の配分を増やしています。熱がこもらないようにとの配慮です。

このエピソードでもそうなのですが、鏑木さんと接していると、今までは細かいところを気にしない大らかな人だと感じていました。それがウルトラトレイルという競技では強みになっているのではないでしょうか。でもここ数年はリカバリーやコンディショニングに今まで以上に気をつかっていて、C3fit の<リポーズ>などのアイテムをよく身につけてくれています。ほぼ同世代ですから、鏑木さんの後ろ姿にはいつも刺激を受けていますよ。「オレも弱っちいこと言ってられないよな、歳のせいにするのはカッコ悪いよな」と思わせてくれる。だからこそ結果を出し続けて欲しいです。

平山壮一
新卒でゴールドウインに入社し、2008年よりC3fitの立ち上げメンバーに加わる。鏑木モデルのハーフタイツなど多数のアイテムを企画。トレイルラン歴は10年以上で、日本山岳耐久レースではタイムを更新し続け、UTMFは複数回完走するなど、人や自分と競うことがモチベーションになっている。

撮影 柏田テツヲ / Photo by Tetsuo Kashiwada