レース前日、鏑木とサポートの打ち合わせを行う。7年ぶりのUTMBのために用意されたシューズも、ウェアも、ジェルも、とびきり大きなザックのなかに無造作に詰め込まれている。それをひとつひとつ取り出して広げ、並べて、整理する。これから駆け抜ける170kmの道のりへといやがおうにも向き合う時間だ。ウルトラトレイルの旅に欠かせない儀式のようだと思う。

シューズは4種類が計6足、防寒具はモンブランもこのレースをあと余計に2周りできるくらいが用意されている。そこから当日の天気や体調に合わせて選んでいくことになる。こういったサポートを行う場合、選手から各エイドステーションの通過想定タイムが申告されることも多いが、鏑木はそれを用意していない。走ってみないとどこまでやれるか分からないからだ。あるいはあえてタイムを頭の外に追い出しているのかもしれない。オーケイ、それならそれでサポート側も準備しよう。先回りして、待ってさえいれば必ずそこを走り抜けるのだから。鏑木が過去、毎年のようにモンブランを走っていたことのエイド通過タイムはまだ脳裏にしっかり刻まれているという。

でも今回はどんなタイムになるのか、本当にいろいろなケースが考えられる。はっきりしているのはただひとつ、必ずや全霊を尽くすはず、ということだけ。

子どもの笑い声が絶えない環境の中でレースにのぞむ

海外レースで鏑木のサポートをするのは3回目になった。

鏑木は今回の遠征に家族を帯同させていた。泊まったのは日本人オーナーがシャモニーの街はずれで営むシャレーで、リビングやキッチンを他の宿泊者とシェアするタイプだ。同宿したのは日本から、それと香港から応援にきた友人夫婦で、同じログハウスの上のフロアーにはカメラマンなどNEVERプロジェクトのスタッフが滞在している。

これまで、鏑木はレース前のひとりの時間を大切にしていた。スタートまでに徐々に気持ちを整え、静かに集中を高めていくことが多かった。でも今回は大人数での滞在で、子どもの笑い声が絶えない環境の中に身を任せている。この違いがどういう結果に繋がるのだろう。

スタートの時間は必ずやってくる。そして時間がきた。いよいよシャレーを発ち、街中心部のスタート地点に向かおうというそのとき、それまでの青空が嘘のようにしとしとと雨粒が降り注いできた。走りはじめた後ならいざ知らず、スタート前に濡れるのが好きだと言うトレイルランナーはいないだろう。幸先のいいものでもない。鏑木は? 少し心配になってレインジャケットのフードのなかをのぞくと、雨粒なんてつゆほども気にかけていない横顔をしていた。よし。今日という日のために積み上げてきたものは、雨くらいで揺らぎはしないのだ。

そしてスタートラインにアスリートたちが集う。その何倍もの観衆が目ぬき通りを埋め尽くす。その時間、シャモニーに滞在している人がすべて集まっているような熱気だ。 バスドラムの音が鳴り、被せるように司会者がハンドクラップを促す。イギリスのロックバンド・クイーンの名曲We will rock youのように。いやがおうにも気持ちが高ぶる。

……ダメだ、サポートクルーこそ冷静でいなければ。ハイペースで突っ込めばその後の展開がとてつもなく厳しいものになるから。頑張らないことを頑張る。それは言うほど簡単ではない。荘厳なコンクエスト・フォー・パラダイスのコーラスが日没前のマジックアワーへと向かう空いっぱいに満たし、ランナーたちがおもむろにスタートをきった。

本当に厳しいときは笑えない

UTMBではサポートクルーがアクセスできるエイドステーションが5箇所ある。最初のエイドのコンタミン(31km)には、鏑木は十分におさえたペースでやってきた。すでに辺りは闇夜に包まれていたけれど、このまま順調に行けばあと24時間ほど後にはゴールできるかもしれない。簡単な食事をかき込み、ヘッドライトのバッテリーを交換し、本格的な山岳パートに備えてシューズを履き替える。防寒具を確認する。エナジージェルの数を数える。ハイペースな展開に流されることはなく、落ち着いている。

サポートエリアに入って直接サポート行為のできるクルーは1名に限定されるが、Neverプロジェクトとして取材を申請していたので、鏑木の家族もサポートエリアの中まで入って声を掛けることが許された。奥さんの奈菜子さんはどこか不安げ、一人娘のきななちゃんは初めて目の当たりにするウルトラトレイルの熱気におされているのか、あるいは普段ならもう寝ている時間なのか、口数が少ない。

その年のUTMBの大勢が決まるのはクールマイユール(78km)のエイドステーションだ。普段は寝ている時間に2,000mを超す本場アルプスの峠をいくつも越えてきたランナーたちは、当然のことながらアブノーマルな状態になっている。長い夜に気力をそがれ、今日は納得のいく展開になりそうもないからとここで辞めてしまうトップ選手も少なくない。スポーツセンターの体育館のなかはさながら野戦病院だ。誰もが心細くなるレース中間地点のこのエイドに、鏑木は満面の笑顔でやってきた。ウルトラトレイルを乗り切るメンタルを整えるためには、無理やりにでも笑うことが効果的なのだ。笑えているうちは大丈夫だから。本当に厳しいときは笑えないから。鏑木のUTMBはここからぐんぐんと順位を上げていくのがかつての黄金パターンだ。全盛期のように秒単位を惜しむピットインではないけれど、しっかりと補給をし、やるべきことをやってフェレの谷へと旅立っていく。ここから先はUTMBのコースでももっと美しいといわれていることろ。一度登ればしばらくなだらかなセクションとなるが、実はアベレージの標高が高いため、隠れたキーポイントになるだろうと予感していた区間だ。

きななちゃんは起き抜けで、やっぱり口数が少ない。

レースも中盤になると、サポートクルーはスマートフォンの画面とにらめっこをするようになる。選手の通過ペースが乱れてくるからだ。山間部を車で回るため、どうしても電波の弱いところがある。ライブトレイルの速報につながりにくくなることも多い。受信マークがつくのを待たずに何度もリロードしてしまう。そして一喜一憂することになる。

鏑木のペースは最高の展開、つまりオーバーテイクをひたすら重ねるレース運びにはなっていなかった。

シャンペ湖(123km)のエイドで鏑木を待つ。UTMBではサポートクルーがエイドに持ち込める荷物量に制限がある。何もかもを詰め込んでいくわけにはいかない。だからランナーが欲するであろうものを責任もって取捨選択し、持ち込むことにしていた。その限られた荷物量のなかで、鏑木から必ず携行してほしいと託されていたものがあった。それは応援メッセージが書き込まれたフラッグだ。それも合計で3枚、すべてが誰かの気持ちでびっしり埋め尽くされている。すぐに「ここが自分のサポートスペースだ」と気が付いてもらえるよう、椅子や机にフラッグをそっと被せる。スマートフォンを何度もリロードしてしまう。実際にはサポートクルーがランナーに対して与えられるものは本当に少ない。いったいどんな言葉をかけようか。そのことに思いを馳せる。

娘の父を見る目がはっきりと変化した瞬間

シャンペ湖に現れた鏑木は、あきらかにストライドが狭まっていた。おそらくもう体が思うように動かせないのだろう。でもまだ目は死んでいない。何かを乗り越えてきたような笑顔を見せている。でもまだ先は見えない。ここから巨大な3つの山越えを残していて、そこで待つ苦しさは十分に分かり切っているから。

2013年、鏑木から「今年はUTMBを走らない。レユニオンを走る」と聞いたときのことをよく覚えている。国際的な100マイルレースはUTMBだけじゃない、そこを鏑木が新たな気持ちで走る。想像しただけでワクワクした。そして2017年、その鏑木が2年後の2019年に再びUTMBを走るという。これもまたワクワクした。絶対に負けないはずだと。

トリアン(140km)へと下る坂道を走る鏑木のペースは、遠目に見ても痛々しいものだった。エイドに着くなり「これ普通なら絶対に辞めてる展開だよ」と。でも辞めるわけにはいかないと。このときまで、たとえ苦戦することはあっても、これだけ賭けたレースでリタイアするという展開は起こりえないと思い込んでいた。でも絶対なんてないのだ。どれだけ強い気持ちを抱いていても、苦しいものはちゃんと苦しい。簡単なことはひとつもない。

きななちゃんがあえぐ鏑木の脇に寄り添う。補給食を準備しながらなので父娘で何を話しているかはわからないけれど、きななちゃんの父を見る目がはっきりと変化していた。いよいよ残すは2つの山で、次のエイドステーションにたどり着き、残り1つになればゴールが見える。

「トレイルランナー鏑木 毅のこれからの10年の羅針盤になる、自信になるような走りをしましょう」。そう声を掛けて送り出した。

どれだけ価値のある挑戦だったのか

最後のサポートエイド、ヴァローシン(151km)でも鏑木はしっかり食事を摂れていた。これでやっとゴールは間違いないだろう。トレイルは再び暗闇に包まれていく。ヘッドライトのバッテリーだけは忘れないように準備し、サポートクルーはゴールへと先回りする。そして……

早いものであのゴールから3か月以上経っている。鏑木の挑戦を伝えなければならないのだけど、それと同時に、すでに過ぎ去ったことに言及するちょっとした違和感も感じてしまっている。UTMBに挑む鏑木が見せてくれたのは、いつだって挑戦をやめない生き方の豊かさや、その幸せについてだった。すでにフィニッシュした挑戦について語るのは、鏑木にとってどこか似つかわしくないような気がするのだ。

だから後は、NEVERの動画エピソード3や鏑木の著書『マインドセット』を読んでみてほしい。宣伝になってしまうので恐縮だけれども。このときのゴールゲートは今までになく幻想的なライトの色でライトアップされていた。日付を跨いでいるというのに、観客はとぎれることなくゴールの両脇を埋め尽くしていた。そこをくぐる鏑木の表情を見れば、それがどんな価値のある挑戦だったかを感じてもらえるはずだから。

撮影 藤巻翔 / Photo by Sho Fujimaki