鏑木さんの測定は今回が3回目になります。最初が38歳のときで、次が40歳、モンブランで活躍された直前での測定でした。そして今回が3回目になります。このうち40歳のときのデータはレース直前の“仕上がっている状態”だと思いますので、同じくオフシーズンに測定した38歳のときのデータと比較しました。

まず、身体組成においては体脂肪率がやや増加しています。また、脂肪量も増えています。身長・体重はほとんど変わっていないので、見かけでは変化がないのですが、筋肉が減って脂肪が増えているということになります。加齢とともに誰しもそうなるものなのですが、再びUTMB®にチャレンジするのであれば改善していくひとつの目安になるでしょう。ちなみに、じつは皮下脂肪は減っているんですよ。したがって、その分内臓脂肪が増えていると考えられます。

体力測定ではまずは柔軟性の数値が落ちていました。『走り方が以前と比べてぎこちなく感じられる』ということでしたが、原因のひとつはここにあるのかもしれません。腹筋や背筋などの体幹部はほとんど変化がありません。ただ、一般的な運動している人のデータと比べて腹筋がちょっと弱いですね。ここがもうちょっとあれば、それが伸びしろになるのでは?というのが、僕の今までの経験上の感覚です。
リバウンドジャンプなどのバネの能力もキープできています。ですが脚をキックして押し出す動作の脚伸展パワー。これが落ちている。登山ではすごく大事な数値になります。『軽快に走れない、躍動感のある走りができなくなった』というのは、ひとつこういうところに現れているのではないでしょうか。

鏑木さんは超長距離を走るのはなんでもないとおっしゃっているので、ウルトラトレイルの距離への適応はできているはずです。でも、今のままだと加齢とともにいろんな運動能力が平均的に落ちていくと思います。今回の測定では、落ちたところとそうでないところがはっきり分かれていました。経験も実績もあるので、ご自身のなかでトレーニング方法が確立されているのだとは思いますが、その落ちたところを改善するような補助的なトレーニングを入れていくのがいいと思います。そしてその効果が出ているかどうか、定期的にチェックをするべき、というのが一般的な意見になります。

トレッドミルのテストでは、まず一番大事なところ、血中乳酸値に注目しました。血液のなかに乳酸が溜まりすぎると疲労が溜まるという指標になるのですが、このパフォーマンスが低下しています。以前よりも低いスピードで走っているうちから乳酸が溜まりはじめていました。主観的な強度の感じ方も落ちていますね。同じく最大酸素摂取量も落ちていて、数値としてもちょっと低いのかなと思います。これは脚力の低下とも連動しているのかもしれないので、数値的な観点ですが、これらを現時点からどう上げるかというのがカギになるのではないでしょうか。

アメリカにおける1万メートル走の1歳刻みの最高記録のデータがあるのですが、60歳までは落ち幅がかなり少ないんですよね。60歳以上になると年齢が上がるごとにガクっと落ちているのですが、60歳まではほぼ横ばい。ちなみに60歳の1万メートルの最高記録は、箱根駅伝を走るランナーの平均レベルのタイムを出しているんですよ。だから、60歳まではトレーニングのやり方次第でそこまでできます。鏑木さんの場合は超長距離なのでマックスのスピードで走るわけではないので、もっともっと可能性があるのではないでしょうか。
ただ、慣れ親しんだ今までのトレーニングからは変える必要があるでしょう。競技に直結しない補助トレーニングをやりきるというのは超一流のアスリートでもなかなか難しいことで、まず今までから変えられる人と変えられない人がいますし、今までを壊してうまくいく人とそのまま壊れてしまう人がいます。でも、50歳で改めて10年前レベルの成績を追い求めるなら、今までのやり方を壊すチャレンジをするべきです。一般的に中高年は1歳年を取るごとに体力が1%落ちると言われますので。

以前より落ちてしまったポイントに向けて、地道にひとつひとつ改善していく。それを定期的に測定し、見直していく。究極のところ、トップアスリートもこれだけなんです。

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撮影 八木伸司 / Photo by Shinji Yagi