「2009年の夏、プロトレイルランナーになってはじめての夏だったんですけど、UTMB®へと旅立つ数週間前に山本教授を訪ねました。鹿屋体育大学に来たのはそれ以来だから、およそ10年ぶりですね」

今回の訪問の目的は、ずばり、49歳となった自身のフィジカルを客観的に知ること。山本教授は登山における運動生理学に関する第一人者であり、三浦雄一郎さんのエベレスト登山をはじめとした低酸素下でのパフォーマンスやトレーニングに関する論文を多数執筆している。

1泊2日の滞在で測定したのは、何項目にもわたる運動テストのスコアと、トレッドミルを利用しての血中乳酸値や最大酸素摂取量、それから体脂肪の正確なパーセンテージや内臓脂肪量などの身体組成データだ。なかでも体力に関するテストはすべて10年前と同じ場所、同じ条件で行われた。知りたかったのは、現時点での自分とかつての自分の違うところと、変わっていないところ。

測定結果のすべてをここで具体的に示すことはできないが、2009年と2018年との比較において明らかに衰えのみられた項目が大きく3つあった。ひとつはスクワット的な脚筋力を推し量る脚伸展パワーで、それからエンデュランス競技のパフォーマンスに直結するとされる最大酸素摂取量、同じく長距離走で重要視される乳酸閾値と呼ばれる値の3つだ。

「2017年のグランド・レイド・レユニオンで不本意な成績に終わってから、その原因を自分なりにいろいろと考えていました。トレーニングは積めていたのにもかかわらず、期待したようなパフォーマンスが出せなかったので」

今回の測定でわかったのは、まず改めて2009年のフィジカルはものすごくハイレベルであったということ。10年前の最大酸素摂取量や乳酸閾値は「UTMB®で世界3位となったことも納得」という値だった。

「今は10年前と比べて落ちていると思ってはいたけど、あんなに下がっているとは。あそこまでの差がついていたことにびっくりしましたね。何が起きたんだろうって」

そしてもうひとつは、49歳の自身の走りにおける足りない要素、失ってしまったものだ。2009年前後の一番強かったころは、得意とする登りパートではまるで背中に翼が生えているかのような軽快さで走っていた。でも、レユニオンでの走りは以前に比べると軽さのない、キレのない足運びだった。脚力を地面へと十分に伝えきれていないようなもどかしさがあった。

「脚伸展パワーの数値が衰えていたことで、やっぱりな、と」。

もちろん筋力の衰えをカバーするトレーニングは十分に積んでいた。でも、その質や方向が49歳の自分にとって有効なものではなかったのかもしれない。

山本教授によれば、今回衰えていた3つの数値はトレーニングによって十分押し上げることのできると言う。たとえ50歳前後であろうと。

「あらためて、50歳でのUTMB®はかなり厳しいチャレンジになるということがわかりました。とにかくやるべきことは沢山ある。そのなかでも何から、どれをどうはじめたらいいのか。さっそく帰りの飛行機の中で考えようと思います。やるしかない。やるしかないよね、もう。数値として明確に出て、進むべき方向がはっきりしたわけだから。できるかどうかは別として。この年齢からまたさらに上げられたら、みんな驚くんだろうな。そうありたいですね」

2018年の夏は新たな挑戦としてトル・デ・ジアンを選んだ。そのまえにもう一度、鹿屋体育大学へと再訪するつもりだ。

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撮影 八木伸司 / Photo by Shinji Yagi