もともと運動が得意なほうではないのですが、トレイルランニングはかれこれ10年以上続けています。最初は走るたびに「村井ちゃん、何だかシュッとしたね」と言われるのが嬉しくて、山に行っていました(笑)。不器用なりにも続けているとだんだんと脚力や体力がついてきて、そうなるとトレイルランで山に入る1日のあいだにたくさんの景色が見られるようになるんです。それってシンプルに凄いことだなと思いますし、魅力的で。だから今は距離を伸ばしていくことに面白さを感じています。もちろん疲れるんですけど、肉体的にヘトヘト、疲労困憊の状態になってトレイルを進んでいると、考えがシンプルになって不思議と感覚が研ぎ澄まされるんですね。そのときに見た景色や、五感で感じた音や匂いというのは鮮烈に脳裏へと刻まれます。限界の境地で見た朝焼けは本当に美しいもので、時間が立っても頭に焼き付いて忘れられません。

レースにもよく参加しています。トレイルランのゴールって皆が拍手で迎えてくれるんですよ。レース中は、たとえそれまでどんなにうまくトレーニングを積んで、準備をしてきても、思い通りにいかないトラブルがたくさん起こります。文字通り山あり谷ありで、ひとつひとつ乗り越えていかなくてはゴールまでたどり着けません。それがトレイルランの面白いところだと思いますし、もしかすると観戦者や応援している人にも何となく想像できることなのではないでしょうか。だからこそ、ゴールまでたどり着いた人は全員、タイムによらず惜しみのない拍手で迎えられるんです。人生のなかでこうやって皆に褒めてもらえる瞬間ってなかなかないですから、それはもう嬉しいですよね。

『鏑木さんにはすごくおおらかな人というイメージがありますが、一方で意外だったのが、プロダクトに関する要求は超がつくほどストイックだったこと』

鏑木さんとの出会いは11年くらい前です。当時はザ・ノース・フェイスを担当していて、契約アスリートにはこんなに冒険してる人がいるんだ、と思ったのが最初です。あれは確か志賀高原で行われたトレイルレースに大会スタッフとして入ったときのこと。初めて実際に競技へと取り組む鏑木さんを目の当たりにしたのですが、走る姿がなんというか、心底幸せそうなんですよ。とにかくトレイルランニングが好きで好きでしょうがないんだなというのが一番に伝わってきたアスリート、それが鏑木さんでした。

それは商品企画の打ち合わせをしているときにも感じていて、私としてはプロダクトの話をしたいのに、「あそこの景色が本当にキレイなんですよね〜」とか、「筋肉の毛細血管が切れて、血がチャプチャプする音がするんですよね〜」とか、本題から脱線して、自分のことから山のことにいたるまで、ニコニコと楽しそうに話すんです。

だから鏑木さんにはすごくおおらかな人というイメージがありますが、一方で意外だったのが、プロダクトに関する要求は超がつくほどストイックだったこと。これもザ・ノース・フェイスでアパレルの企画を担当していた時のエピソードですけど、ランニングショーツのスリットを浅めに変更したことがあったんです。スリットが深くってヒラヒラしているとマスマーケットにはアピールしにくいので、1㎝ほど浅くしたら「脚をあげたときに前よりも少し突っ張るようになったんだけど、もしかしてどこか変えた?」って。とにかく走っているあいだのちょっとした不快なポイントを本当に細かく記憶していて、少しの違いもすぐ気がつく。ウェアのステッチを肌面側でなくあえて表に折り返す、といった工夫も鏑木さんのリクエストを元に作り上げていった仕様です。ご本人がそういう細かい仕様まで認識されているかどうかは分かりませんが、ステッチのアタリが気になるというやりとりを重ねて修正を重ねていったら、「これはいいですね」って、結果的にクオリティの高いものが出来上がります。

『”マッサージのように揉み返しがなく、すぐにからだがしなやかに動くようになる”と、ニュートラルワークスとして、年齢と戦う鏑木さんにはいいベネフィットを提供できていると思います』

私自身、30代後半に差し掛かって疲れが抜けにくくなったという感覚が出てきて、パフォーマンスをアップさせることだけでなくコンディショニングにも興味が移ってきました。コンディショニングはアスリートだけでなく一般の人にも共通する事柄です。人生100年時代と言われる現代において、ただ長生きするのではなく健康でいられる時間を長くするにはどうしたらいいのだろうって。それで今の部署、ニュートラルワークスで仕事をさせてもらっています。

外苑前にあるニュートラルワークスの店舗では「リブートストレッチ」というサービスを提供しているのですが、これは一般的なマッサージのように凝り固まった筋肉をほぐすのではなく、体の可動域をリセットするものです。硬直化した関節の動きを回復させられるメリットがあって、鏑木さんにも折に触れて利用していただいています。「マッサージのように揉み返しがなく、すぐにからだがしなやかに動くようになる。継続的なトレーニングの流れを妨げず取り入れられるのもいい」と、年齢と戦う鏑木さんにはいいベネフィットを提供できているのかもしれません。

同じく外苑前の店舗で提供している低酸素ルームにも似たようなところがあって、低酸素ルームの中で走ると、比較的強度の低い運動でも心肺や脂肪燃焼回路に効果的な刺激を入れられるというメリットがあります。だから激しいトレーニングの合間に行う、筋的に低負荷なメニューとしても組み合わせられるんです。鏑木さんには、心肺機能のアップはもちろんですが、疲労しにくいからだ作りにいいと活用いただいてます。

先ほど年齢の話をしましたが、鏑木さんは今も昔もまるで少年のように追い込んでいますよね。クタクタになって動けなくなったら次の日の仕事が……とか、そういうことは一切考えずに、100%で向き合って動き続けている。大人になるといろいろなことが頭をよぎって、後先考えずに突っ走れないものじゃないですか。しがらみや制約をとっぱらって、好きなことに正面から向き合う姿勢には尊敬と同時に、ある意味羨ましさも感じます。私がある程度年齢を重ねてきたからそう感じるのではなく、若いアスリートやスポーツをしない人にとっても刺激になるのではないでしょうか。

「この先、年を重ねたってまだまだ挑戦できるかも」という視点で勇気をもらうというよりは、老いも若いも関係のない現在進行形として、刺激的。鏑木さんにとってのトレイルランニングのように、自分もひたむきに打ち込める何かを探そうと思わせてくれます。それと同時に、何かを好きということはこんなにも大きなエネルギーを生むんだとも教えてくれている気がします。できる/できないを考えての尻込みをせずに、好きなことにまっしぐら。本当に羨ましいですし、刺激になります。

村井絢子
ザ・ノース・フェイスのトレイルランニング製品やC3fitの企画、カリフォルニアでの研修などを経て、現在はニュートラルワークスを担当。1年間のカリフォルニア研修中には現地のランニングコミュニティが主催するトレイルランニングのシリーズ戦で、ウルトラカテゴリーの年間クイーンに輝く。信越五岳100マイルレースで入賞するほか、200マイルレースやUTMBの完走経験を持ち、2019年も再びUTMBの舞台を走る。

撮影 柏田テツヲ / Photo by Tetsuo Kashiwada